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2012年1月 7日 (土)

佐々木禎子さんと原爆の子の像「広島原爆」

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これからの文章は皆さんを不安にする可能性があります。気になるようでしたら読まないでください。

佐々木禎子さんは直接的には広島の原爆に被ばくをしていません。しかし雨にぬれてしまったのです、黒い雨に。彼女にがんが発症したのは原爆投下から9年後であり10年後に亡くなられました。彼女が祈りながら折った千羽鶴の話は有名で本になっています。そして彼女のために作られたのが「原爆の子の像」であり、今でも毎日のように千羽鶴が全国から送られてきます。折り鶴は心ない人に放火されたため、今は吊るされていないのですが。

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福島の原発は放射能をまき散らしました。広島の原爆と比較できない圧倒的な量です。しかし、原爆と違い一か所に集中せずに拡散し、住民の皆さんも早期に避難をしましたので広島や長崎と同様の被害が出る事はないはずです。しかし万が一、被害が出るとすれば5年ほど経過してからです。明らかなのはそれまでに時間がある事、そして今の予防医療技術があれば被害を最小に収める事が出来るはずです。広島と長崎そしてチェルノブイリ経験、佐々木さんなどの症例は必ず役に立ちます。

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広島では多くの被災者の方々が今でも元気に暮らしておられます。放射能の事などわからず原爆投下の翌日から爆心地近くに入って高い放射線を浴びた人たちです。黒い雨の放射線の強さには諸説あり正確にはわかりません。被害者の数も推定困難です。ただ黒い雨で急性の症状を起こした人が多い事から放射性物質は相当の強度です。広島の中心部では100シーベルトを超える放射線、翌日でも0.2シーベルト(200ミリシーベルト、20万マイクロシーベルト)と言われています。政府の放射線の測定値を信じるならば原発事故の被害は油断してもいけない一方で、過剰に心配しない方がよいとは感じています。

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私も広島県に生まれ、放射能の影響は無いのかと心配になった事もありました。しかしがんに限って言えば広島より大阪の方が罹患者は多いような…。私の広島の実家の周りにがんで死んだ人の話を聞いた事がありません。小さな心の支えになれば。

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